<水>の場を巡って −後藤和子のために

天野 一夫

後藤和子の作品は、私には常に<水>をめぐっての固有のせめぎあいの 軌跡として現れてきた。このキャリアのあるらしい北海道在住の作家の 以前の制作について、私は全く知ることがない。しかしながら、'89年 からはじまる数年置きの東京での個展において、私はこの未知の作家の 大作に、一回ごとの<水>に対する微妙なベクトルの変化を感じてきた のである。

むろんここでの<水>とは、単に表層的な描写対象を指すのではなく、 変幻し続ける捉えがたい、<水>的存在の有様へのアプローチを言う。 作品に付随したタイトルや主調を成す色であるブルーといったものはそ の表層面での一つ一つの現われに過ぎない。実相を言えば、<水>は表 現の手段にもなりがたいが、またそれは<主題>にさえなることをのが れようとするだろう。〔<水>の表現については、拙論「現代における 水のリアリティ」(『水と人間』展カタログ、茨城県つくば美術館  1995所収)参照〕主題となったとするなら、それは<水>が一旦とど められ、固形的な実体のようなものとして扱われ、人はその一面を捕捉 したつもりとなるか、その周囲に形成されたかさぶたのごとき固着した 分厚いクリシェに堕すことが多いのである。<水>は日常的に遍在して いるにしても、<水>を直視すればそれはいかに謎を掛け、人を惑わす ものであるか。我々は<水>を見ているのではなく、<水>を手がかり として他のものを見るばかりなのだ。<水>は形を成さない。<水>の 高度の可塑性はいかなる<器>にもへばりつき、さしあたっての形をむ すぶものの、それは気化もすれば凝固もし、いささかもとどまることが ない。形が固形物の属性にすぎないとするなら、「造形」とは、<水> をはたして扱えるのであろうか。

多くの作家が<水>に誘われながらも、<水>の場で難渋を強いられて きた。後藤和子の作品も<水>をめぐっての困難な多方向からの志向に おもえる。おそらくは、後藤は<水>とのせめぎあいの中で、「絵画」 をきたえ成りたたせようとしてきたのであろう。

後藤は以前にはリキテックスで有機的形態を描き、世界のコアのごときものを暗喩していたという。'89年の「SHOKU」でも、材質は墨とアクリルという水溶性絵具を併用し、三ないし四枚のフレーミングなしに吊るされた紙にこまやかなハケ目をつけながらも、中央に地として残した形状が逆に オブジェ的な強い形象性を訴求し、「形」のおもしろさを示していた。 しかしくりかえすが<水>は「形」をとることはないし、中心性など本来縁のないものである。画家は支持体を宙吊りにしてその実体をうすめ、ある二つのもののせめぎあいを求めつつも、そこでは全体として貫く大きな形こそが先行していた。 このポッカリと空いた地との間にうごめく形而以前の流れにまでいかに錘鉛を落とすことができるのか。「SO」では所与のごとく存在する「形」は全く消えて、数枚の紙が時に若干重ねられるなかを、大きなハケ目のみが肥痩を抑止して斜めに交叉する中を、下部の地がきらめき出していた。 単に大いなる表象が盛り込まれるべき場としての連続画面から、より描く行為と結びあった対照と連動をふたつながらに示す支持体の意識化へ。 大きなハケのストロークという単純化の中で、形以前の大きな全一的につながろうとする絵画。 しかしそこではあまりにも接近・潜行したゆえに、ある閉じた中での単調さをまぬがれがたかったと言うべきだろう。 続く'92年「YO」は、前作にも暗示されていた水面のきらめきと波だちを直接的に様式化したものだ。いわば「SO」の要素の生な具体性へのゆりもどしてあるだろう。

そのような説明的にして装飾的な画面への反省からであろう。 翌年の「YO」では、そのような<水>との直接的な関係を離れて、はじめてストローク自体のせめぎ合いの中で、絵画の強度を示したのである。描く身体性を示して、左右から円弧が来襲する。 その大きなハケ目は次第に画面中心部に扇状に開いた半透過のたまりを形成する。微細なネットの形姿が、自然、縫合されて生まれてゆく。ここにはいささかも<水>への直接的アプローチはない。<水>の属性への説明性は避けられていて、その意味では<水>から作家は離脱したとも言えるやも知れない。 ここではそれに代わって、水溶性媒体の流れ、透過し、滲む特性と、それを映しとるスクリーンとしての皮膜状の紙という支持体が顕在化してくる。 浮遊するその画面を行きすぎるもの。それは、描く、あるいは泳ぐ所作の軌跡に似て。

「YO」は、タブローとしての絵画本来の地点を見すえながらも、「造形」とは微妙な距離をとるものであった。 たしかに作者はイメージや形象を求めるわけではない。それはむしろ<気分>や<気配>とも言うべき曖昧な質のものだ。 自然に運動のさなかに結んだかに見えるその画面の様。 ただし、結果としての作品は、あの'89年の「SHOKU」のマユ型が中心部で垂直に倒立せる姿を透いて見ることができる。 たしかにここでは”ストロークという形”がいささかの装飾性を発揮して、中心性を形成しているのである。

はじめに、せめぎ合いがある決定的形をつくっていた('89)。それが<水>にいわば潜行することで全一的につながろうとし('90)、また一転その具体的描写という直喩的時期('92)を隔て、さらに絵画の反省的意識を高めて、具体性から離れながらも中心性を保とうとする('94)。 これまでの後藤の<水>を巡る微妙な一回ごとの動きは、螺旋状の跡を示す。(筆者はいまだ実現していないが、)そしてここに新作「YO」を我々は迎える。その画面は、これまで点検してきたどの作品よりも複雑なものである。ブルーの基調色とその材質は変わることはない。しかし、その四枚、六枚と描かれた紙は、時に大きさを違えて一部が重ねられて展示される。 画面は従来の大きなハケ目による簡明なものから、激しくタッチを重ねたものまで多様であり、その表情は一枚ごとに異なっている。 前作にもあった中心性にはズレが生じて、紙相互に不連続にして対蹠的なタッチを見せて、一枚岩的なイメージを放棄している。均一な空間、イメージを保持した中心的磁場から離れ、異なる様態をみせ逆に断片化した支持体は全体として反省的な存在として吊られて在る。 この画家に今おこっていることは、均衡をあえて破ることで、ストロークを大画面に重ねながらも、結局は予定調和的に閉じてゆこうとする自らの絵画にある操査性を導入しようとする動きだろう。 それは単に絵画の対照的効果にとどまらない、絵画の裂け目を顕在化した中からの知的なシステム作りでなければならない。 たとえば田淵安一の放縦な表出的画面に接合した、あの七色のスペクトラムを想起したい。”良き趣味”として終息してしまう絵画を超えて、あの<水>を巡っての画家の構えは、そのとらえどころのないものを参照した、限りなく柔軟な網状の組織体になりおおすことに他ならないであろう。 その時<水>は、絵画にとって単なる対象ではなく、本質的な今日的なリアリティとしての<水>の相貌を示すだろう。むろんそこでは作家の関与の位置も姿勢も同じであろうはずがない。 紙はその時どのようにたゆたうだろうか。

(あまのかずお O美術館学芸員)